イタリア・カプリ島の写真イタリア・カプリ島の写真

ローマ皇帝が愛した島。カプリでは、人は鳥のように暮らせる。
from 25 Oct '13
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どうしようもなく碧い海と、どうしようもなく蒼い空の間に雲がぽかりと浮かんでいた。夜明けとともにナポリを出発したフェリーでカプリに着く。高さがおよそ300mの切り立った崖をローカルバスはアナカプリへ向けて上る。南の島のような抜ける青さでははなく、遠浅の砂浜の緑から蒼いグラデーションでもない。東と南がサルディーニャ島とシチリア島で和らげられたティレニア海の穏やかな風は、鳥が飛ぶ高さの視点と、穏やかにそよぐ空気をカプリに与えた。誰かが「ナポリを見て死ね」と言った。「カプリで過ごして死ね」と自分は言いたい。
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バチカン美術館はエジプト、ギリシャから中国まで世界の宝だらけ
from 21 Oct '13
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過去に4時間待っても入れずに帰ったことのあるので、きっちり予約して行った。
入口を入るとエジプトの遺跡が続く。結構異教のもの持って帰ってる。実際にはローマ帝国の時代に持ち帰ったものだと思うけど。狂信的な印象のある中世のキリスト教なのだけど、バチカンを見るかぎりバランスの良さも感じる。もちろんここは陽の当たる場所。魔女裁判とかの遺品は一切ない。初めて大英博物館を見た時、成功した海賊の屋敷を思い浮かんだ。バチカンも半端でない略奪の痕が浮かぶ。良くも悪くもね。
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すべての道はローマに通ず、それは間違いないと思った。
from 20 Oct '13
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ローマ街道ではじめに作られたのがアッピア街道。ほぼ直線。当時の高速道路であり、物流つまり経済と、軍事つまり国防のインフラだった。当時の技術と物流量において十分余裕がある道路に見えた。石畳は削れて凸凹している。だが当時は綺麗に面取りされたフラットな石畳であり、かなり高速で移動できたということだった。そして常に修繕され、両側に木を植え、陽差しを和らげる気遣いもあり、まさに高速道路であった模様。古代ローマ。1000年続く国というのは、細部まで気が配られているものだと思った。
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貧乏ってなんだ?と思う元気の良さがナポリの一つの魅力だったりする
from 23 Oct '13
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色々なガイドブックを見ても、ナポリは注意しろと書かれている。なので大事なものはスーツケースに入れて鍵をかけて歩き回った。だって本当に大事なのは、これまで撮ったデータだけ。小さなハードディクス1個。あとはカメラだけを持って歩き回った。だけど、危険な目には会いづらいらしい。夜のガリバルティで黒人専用っぽいスーパーとかで買い物しても、スペイン地区に行っても、多少用心はするけど、馴染んでしまうのかもしれない。基本的に人も含めて動物は敵だと思われなければ、いきなり攻めては来ない。
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ピサ・かつての海洋国家。その気配は全くなかったけど…
from 19 Oct '13
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基本的には斜塔と周りの建築物しか見どころは見つからなかった。その広場を除けば、普通の地方都市にしか見えない。ピサの歴史と読むと、最強の海洋国家でありながら、内部対立によって力が削がれ、他の国に攻められ、国家として姿を消している。
誰かが言ってた。お金がありすぎると余計な事を事を考える。
それにしても斜塔は、倒壊防止工事やら外装の掃除やらでかなり綺麗になっている。美しいんだけど、ちょっと綺麗すぎる気がした。でもピサの凄さは斜塔だけではない。墓所である。世界大戦で粉々にされた壁を丹念に修復した努力。とてつもない時間と手間と努力が必要だったろうなって思う。ワルシャワのような愛情を感じた
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ジェノバ・中世の地中海時代を制したヴェネツィアと双璧の国
from 18 Oct '13
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大航海時代以前、中世の地中海は人が自由に航海できる海のすべてと言っても良かった。ジェノバはその時代を制した四大海洋国家の一つ。古代ローマ・中世イタリアの歴史好きにはたまらない魅力のある街。
世界遺産にもなっている、ストラーデ・ヌオーヴェ、ガリバルディ通りには、中世そのままの大邸宅が並ぶ。国家の式典などで貴族が要人の歓待に私邸を用いるシステムを創り出し、豪邸を集めた3km程の通りは、現代でもその豪華さ圧倒される。
建物は現在でも修繕し、市役所としてや、普通のショップとして営業している。
交易で財をなした国であり、豪奢で500年も使える建物を造ったということだけでも感激した。壊して建てて経済を早回ししている国とは、先の見通し方が違う。
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ミラノ・工業とファッションの普通のイタリアの都市感覚に漂う
from 18 Oct '13
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ミラノには4回行っている。ヨーロッパで最初に降り立った街。
テルミニ駅を背にしてみえる風景は来るたびに近代化されて、格好悪くなる気がする。
理解は出来る。ミラノは工業都市。残念だけど、駅前が古い建物から近代的なビルに変わるのは仕方がない。
でも、ちょっと離れれば現代でなく近代があちこちに見つかった。ホッとする。ミラノはミラノだった。イタリアの全てに素晴らしい古都を期待してはいけないと、ふと我に返った。
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